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 ボックスのタイトル : 贈りもの・ハム
 題名 : 歴史に学ぶ、贈りもの

歴史に学ぶ「贈り物」/ひとのこころを真に打つギフト・贈りものを考える。

 

13)お中元・お歳暮における「中のし」について 2007.01.16(火)

  この暮れに、あるお客様から日本ハムお歳暮「中のし」のご注文をいただきました。

 ここで改めてあるお客様のご事情ではございますが、ネットご購入者の、特に若い、

 もしくは初めての、ご進物者の方のタメにお客様のお知恵をお借りしたいと思います。

  通常、先様送りの進物品には、メーカー発送では必ず「贈り主」様と「お届け先」様が

 明記されておりますので取り立てて問題はございません。

  問題はご自宅送りの場合、お客様ご自身で先様お届けの場合には、「上のし」もしくは

 「中のし」希望がございます。ご自身で持参されます故に、「上のし」には先様には誰から

 の頂きものかは、当然に判別できるわけですが、「中のし」にはそれ以外に実は、重要な

 贈り主さまからのメッセージが込められておるワケで、何気なく開封しないで下さい。

  贈り主様は、まぎれもなく先様・あなた様ご自身宛にその商品をご用立てされている

 ということ。つまり、他からのもらい物や到来物、ありあわせの商品なんかではなく、贈

 る気持ちが“本物”だという証の意味が、「中のし」には含まれているということをご理解

 した上での開封であって欲しいワケなのです。ひとの真心を受け取るに足る資格や意味

 があるや否やは、あなた様ご自信の“うつわ”にかかっています。

  世の中が次第次第にひとである人のこころを失ってゆく世相なればこそ、大事にしたい

 あなたをこれほどに気遣ってくれる人を大切にしないではおられません。

 

12)魏の開明君主文公を補佐した李克(りこく)の人物鑑定法。2006.07.10(月)

  戦国初期の有数の富強な国家をつくりあげた賢君魏の文公を補佐して、政治・経済

 改革に功績を残したのは、李克である。

  孔子の門人子夏について学び、はじめ魏が占領した中山国総督、やがて改革担当の

 側近として文侯に仕えた。

  ある時、文侯が宰相の人事について問われ、具体的な人命をあげず、人物鑑定の基準

 を示したのが、以下の五題。文候はうなづき、これで決まりましたぞと答えたという。

  1.不遇のとき、だれと親しくしていたか。

  2.富んだとき、だれとつきあっていたか。

  3.高位についたとき、だれを登用したか。

  4.窮地におちいっても、悪あがきしなかったか。

  5.貧しくとも、むさぼろうとしなかったか。

 

11)ピーター・F・ドラッカー氏を悼む。

  「マネジメント(経営)の発明者」と言われ日本に多大な影響を与えた。

 裕福な家庭と知的な環境に育った彼の新鮮な視点と深い洞察力はその思想と人生だ。

 近代的な企業組織の本質は分権制であると見抜きマネジメントの体系化につながった。

 日本画を介して、アイデンティティーも失わず根本的な改革を行った日本の明治維新

 を発見し感動したとされる。すなわち社会のきずなとしての組織体への関心だ。

  彼は経済、社会の潮流を「数字」ではなく「人間」を通して見続けたひとだった。

 「自分の仕事のほかは何も知らない人は、社会の見地からみても、けっして成績のよい

 人間ではない。自分の仕事以外には何の生活にも関心をもたないようなときには、成長

 することはできない」−革新的な新技術が開発されれば、どんなに効率の良い運営され

 ている会社でも、またたくまに衰退してしまう。人、物、金、投資をおこたったからだ。

 いつの世も市場開発と革新だけが成果を生み、わたしはそこにひとがいるとみている。

 

10)贈りものにものおもう。

  はじめてあった人に、ずいぶん良い印象をうけることがある。この人とはこの先

 ずっとつきあっていきたい、とおもわせる人物はいるものである。

 その人物をそれほどまでにさわやかに感じさせるものとは、幼少の時に受けた教育と

 その過程での自己修養が考えられる。室町時代の管領斯波義将は「竹馬抄」に指摘、

 でも若いうちに心の慎み、風雅のたしなみなどなかなか身にはつかないものである。

  そこでわたしは、大人になってしまったものには、「身近なものに対する心を、その

 まま、他人に移せ」と考えている。

 手のとどかなところから、物事をはじめるのではなく、身近にいる人や物を、もう一度、

  見直してみることだ。人が動いてくれないと嘆くまえに、自分が動いてみることだ。

  自分が動いても、相手が動かなければ、相手の近くにいる人を動かしてみることだ。

 

9)悠久のひとに帰れ、現代のこころ。

  倉廩(そうりん)実つれば礼節を知り、衣食足れば栄辱を知る−衣食足りて礼節を知る

 (管仲)、恒産無ければ因りて恒心無し−恒産なくば恒心なし(孟子)。

  しないこととやらないこととは意味が違う。

 「私にはとてもできない」と思っていることでも、本来の能力はあるのに、ただやらない

 だけではないのか。他人を愛さない人のもとには、人は寄り集まってはこない。

  どんなにむずかしいことでも、それはできないのではなく、やろうと思えば、できること

 が多いはずである。ただ、こころの方向をみあやまってはいないだろうか。

  根本の心のあり方ができていなくては、自分の愚かさがみえてはこない。ひとは他人

 のことは見えても、自分のことはなかなか見えないものである。

 しないことやできないことを可能にする大いなる力とは、均しく自分と接点のあった稀有

 なるみじかな人への礼節であり、恒心であり、愛であると考える。

 

8)お歳暮のルーツは、祖霊や歳神への供え物だった。

  古来、日本にはやおよろずの神が宿るとされ、人はなにかというと神々と贈りもの

 を交換していた。

  いまでは、年末の恒例となっているお歳暮もそのひとつである。それは、かつて年

 のかわりめに迎える祖霊や歳神に供える、供え物だった。

 その中身といえば、もちろん缶詰めやギフト券などではない。食べ物、ことに鮭や鱈

 (たら)などの魚が中心で、贈り先は神からやがて、親や仲人となり、明治以後、職

 場の上司などへも贈られるようになった。

  戦後の田中内閣以降、金権腐敗の矢面にたち虚礼廃止など言葉が飛び交ったが、

 最近、ひとのこころの真なるものとして、また見直されてきている。

 

7)喪中の方へのお歳暮は、贈ってもいいのかしら。

  年末になると、喪中につき新年のあいさつをご遠慮しますとのはがきが届く。

 お歳暮は、特に目上の人に贈る場合が多いのでとまどってしまうことがある。

  結論からいえば、喪中とお歳暮は別問題。お歳暮とは、年の暮れに際し、日頃お世

 話になっている方へ感謝の意を込めた贈り物である。

  お歳暮にはお祝いごとの意味はないので、喪中を意識する必要はない。

 ただ、初七日を過ぎないうちに贈るのは問題だから、できれば49日が過ぎているのが

 望ましい。また、のし紙は用いず白の奉書に上書きするといった心遣いがほしい。

 相手がこうした細やかな気配りに気がつく人であれば、非常に喜ばれる。

  逆に、喪中なのにお歳暮を受け取ってもいいだろうかと迷うこともある。これも、

 贈る場合とまったく同じ、喪中には関係ない。

 

6)「のし」の由来は、贈り物のシンボル“のしあわび”から。

  ちょっと改まった贈り物にはのし紙をつけることが多い。この熨斗(のし)とは、どこ

 からきているのだろうか。

  ことのおこりはかなり古く、古代日本にさかのぼる。当時の日本人の貴重な食料品

 のひとつに、あわびがあった。

  まだ貨幣経済が発達していなかったころ、人々は干しあわびか蒸しあわびにして、

 税金として国家に献上する義務を課せられていた。

  いわば国への贈答品である。これがやがて、贈り物の印にも使われることとなった。

  あわびを天日に干し、細長く削ってのしの形にし、進物を包んだ紙に貼るのである。

 このかたちがひらがなの「のし」に似ていることから、いつしか、のしと呼ばれるように

 なった。

  ちなみに、のしあわびは、伊勢神宮への供え物として、いまもつくられつづけている

 という。古代から、千五百年余りもつづいている、由緒ある贈り物なのだ。

 

5)「贈りもの」の言葉には、こんなにいっぱいある。

  贈答が盛んな日本では、「贈りもの」の類語がたくさんある。

 一般的な意味ならば、「贈りもの」、「プレゼント」、「ギフト」、「贈答品」、「粗品」、「寸志」。

 用途によって使い分けられる言葉なら、もっといっぱいある。祝いごとに使う「祝儀」、

 身内の祝いごとに使う「内祝」、送別のときに贈るのは「餞別」、贈り物をくれたその人

 にその場で渡す返礼は「おうつり」。

  「中元」と「歳暮」。その両者を含めて、定期的な贈答は「付け届け」。芸者さんなどに

 渡す「花代」は、平安貴族が贈り物に花を添えた習慣から生まれた言葉という。

 

4)帝に肉を贈らせた、中国古代の知恵者。

  現代ではほとんどすたれた習慣だが、昔は、宴席や法要の席に招かれた人が、食べ

 きれなかった料理を折り箱に詰め、家族のためにもって帰るということがよくあった。

  中国前漢の武帝に仕えた東方朔(トウホウサク)というひとのはなしである。

 あるとき、武帝から廷臣に肉を下賜(皇族などからたまわるもの)することになった

 のだが、肉を切り分ける役人がなかなかこない。

  東方朔は、自分の剣で勝手に肉を切りとり、ふところに入れて、さっさと帰ってしま

 った。後で、武帝がわけをたずねると、彼の返答とは−

 「お言葉をいただくまでに勝手にちょうだいしてしまうとはなんと無礼でしょう。剣を

 抜いて肉を切るとはなんと壮烈でしょう。でも、すこししか肉を切り取らないとはなん

 と正直でしょう。持ち返った肉を細君に贈るとはなんと情愛あふれるしわざでしょう。」

 あまりに勝手な言い分に武帝は大笑いを重ね「細君に贈るがいい」といって、新たに酒

 一石に肉百斤を東方朔に下賜したという。

  古代中国では、このようにお肉は、貴重な賜り物であったのである。

 

3)空からの愛の贈り物で処分を受けたパイロット

  私の叔父は、戦前に陸軍航空教官だった。

 その叔父から聞いた話ではないが、ちょうどその叔父が生まれた大正6年。

 陸軍飛行将校が、京都・祇園のある料亭で芸妓相手の宴席にひとときを過ごされた。

 一目ぼれにてすっかり心奪われた彼はその翌日、陸軍の演習終了後、愛機に乗り、超

 低空飛行で市内を旋回。昨日の料亭を探しだすや、彼女へのラブレターを投下した。

  その後の行方は不明であるが、この一件、あえなくバレて謹慎処分となったが、

 はからずも超低空飛行でのその優秀なパイロットとしての腕が証明された。

  そのあと、一途な気持ちが通じたかどうかは定かでない。

 

2)目ざまし時計の献上を断った織田信長

  戦国時代の当地出身の武将に和田惟政という人がいる。キリシタン大名として

 高槻に城を構えた人だ。※参照/和田惟政は、当地出身の戦国武将⇒こちら

  1569年、京都で信長に会った宣教師ルイス・フロイスに次のアドバイスをした。

 あなたが持っている西洋目ざまし時計には信長公はたいへん興味をお持ちで、直に

 みてみたいものだとおっしゃっていましたよと。

  そこでフロイスは、自分の精巧な目ざまし時計をもって信長公へ献上した。

 だが信長は、珍しそうに眺めまわしていたが、あっさりフロイスの申し出を断った。

 このような精巧な細工の品を手元においても、操作や修理がむつかしく、とうてい

 動かし続けることはできぬといわれたという。合理的な信長の一面を窺い知れる。

 

1)紀伊国屋文左衛門が贈られた超特大の食べ物とは

  江戸時代の商人たちのなかには、経済的にかなり恵まれた人が多かった。豪商と

 もなれば、そのへんの田舎大名などよりずっと金持ちだという。

  みかん成金で有名な紀伊国屋文左衛門は、当人の遊びや贈り物に金を惜しまない

 タイプなら、その友人の商人からもらったプレゼントもスケールがでかい。

  さて、吉原で遊んでいた紀伊国屋のもとに、思いもかけないプレゼントが届いた。

 家の格子と2階の上がり口を壊さなければ、運び込めない巨大な折箱であった。

 開けてビックリ。中に入っていたのは特大饅頭。割ってみると、その中にはたくさ

 んの小饅頭が詰められていたという。

  作っただけで70両。特別にあつらえた道具代や運び込む時に壊した家の修理代

 も含めると、饅頭代の数倍にもなったという。

 

書評

 「贈り物」は人の歴史のこころの変遷だけど、時代をあらわすものでもない。

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